
2026年2月27日夜、東京・こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて開催された「いきなり本読み! the Musical」夜公演に、3列目という超至近距離から参加しました。出演は屋良朝幸、上山竜治、一色洋平、田村芽実の4名。演出家・岩井秀人(WARE)がプロデュースするこのシリーズ、台本は当日まで出演者に渡されず、ステージ上で初めて内容を知ったまま演じ始めるという、ライブ一発勝負の実験的なイベントです。今回はシリーズ特別版「the Musical」として歌・踊り・ラップまで盛り込まれた豪華仕様となりました。
進行・演出は林希さん、音楽は「LOVE 2000」の作曲家・鎌田雅人さんが担当し、本番中に即興でピアノ・ギター演奏を行うというスタイルで、会場全体がまさに「生きた稽古場」となりました。チケット代は一般席8,000〜14,000円、最前列「目の前にあの人!」シートが25,000円、台本に一部参加できる「お前も本読み!」シートが27,500円という設定でした。今回はこの2月27日夜公演の様子をレポートします。
公演情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公演名 | いきなり本読み! the Musical |
| 日時 | 2026年2月27日(金)夜公演 |
| 会場 | こくみん共済 coop ホール / スペース・ゼロ(東京) |
| 上演時間 | 約2時間 |
| 台本タイトル | 「ごっちん」 |
| ジャンル | コメディ/シリアス混在・ミュージカル仕立て |
| 進行・演出 | 林希(劇団スーパー・エキセントリック・シアター出身) |
| 音楽 | 鎌田雅人(ピアノ・ギター即興演奏) |
| 出演(夜公演) | 屋良朝幸、上山竜治、一色洋平、田村芽実 |
| チケット料金 | 一般席 8,000〜14,000円 / 最前列 25,000円 / お前も本読みシート 27,500円 / U25 3,000円 / 高校生以下 1,000円 |
スペース・ゼロのステージ設定と会場の熱量——小さな稽古場に凝縮された期待感

会場はこくみん共済 coop ホール内のスペース・ゼロ。キャパシティ自体は決して小さくありませんが、今回実際に使われていた客席エリアはかなりコンパクトなしつらえとなっていました。ステージ上には椅子、テーブル数脚、そして鎌田雅人さんのシンセ・キーボード・ギターが置かれているだけというシンプルな舞台設定。余計な舞台装置を一切排除したこのレイアウトが、「稽古場の空気をそのままパッケージした」というコンセプトをビジュアルで体現しており、開演前から独特の緊張感を生み出していました。
客層は女性比率が高めですが、男性ファンの姿もちらほら見受けられました。このシリーズに何度も来ている常連と思われる方たちは開演前からわくわくと高揚した空気を漂わせている一方、今回が初の小劇場体験という同行者のようにこれ本当に大丈夫なの?という戸惑いも混在していた印象です。それでも、「お前も本読み!」シートは満席となっており、参加型体験枠の人気の高さを物語っていました。
今回の座席は3列目で、「お前も本読み!」シートの直後ろというポジションでした。これは結果的に良い配置となり、俳優陣と観客参加者の両方を同時に観察できる最高の結果に。参加者の多くは最初こそ緊張した様子を見せており、台本を手にして俳優と同じようにセリフをやりとりする瞬間には声が震えている方もいた印象です。しかし物語が進むにつれて緊張はほぐれ、ある参加者がラップシーンで予想外のノリノリな歌声を披露すると、会場全体に自然な拍手が起きるほどの盛り上がりを見せました。「舞台は観るもの」という固定概念をこのシートは軽々と超えており、27,500円という価格設定の説得力を感じさせる体験になっていました。
台本「ごっちん」のコンセプトと即興ミュージカルの構造——コメディと感動とラップが一発本番で共存する唯一無二の仕上がり

今回使用された台本のタイトルは「ごっちん」。コメディが基調ながらも、シリアスなシーンあり、感動を誘う歌唱シーンあり、さらにラップまで飛び出すという多彩な構成が特徴です。「いきなり本読み! the Musical」のコンセプトを象徴するかのように、ジャンルの垣根をすべて取っ払った内容となっていました。大どんでん返しの展開もあり、単なる読み合わせを超えた「劇」としての完成度を持つ台本です。
本読みのプロセスとしては、各場面ごとに台本をテーブル上から一斉に開くという手順が採られていました。さらに各シーンによって役の担当も変わるため、出演者4名は役名を確認しながらメモを取るという、真剣そのものの姿勢を開演直後から見せていました。最初のうちはキャラクターの人物像もつかめないまま、読み進めながら手探りで演じるという状況が続き、そのリアルな「初見の戸惑い」がかえってシーンの面白みを倍増させる仕掛けになっていました。
屋良朝幸——稽古着で現れた「ダンスだけじゃない」実力の片鱗と、演者本人が語った再起動への渇望
屋良朝幸さんの今回の公演を語る上で外せないのが、登場前のエピソードです。事務所から「稽古着で来てください」と指示を受けて会場入りした屋良さんでしたが、いざ現場に来てみると上山竜治さんがびっちりとスタイリッシュに決めた衣装で登場。この完全に出し抜かれた状況を本人が客席に向かって語る場面があり、会場は一気に温まりました。準備の差が可視化されるこの瞬間は、お互いが台本も段取りも知らずに来ているというコンセプトのリアルな副産物であり、シリーズならではの笑いを生み出していました。
ダンサー・振付師としての印象が先行しがちな屋良さんですが、今回の本読みではその演じる力の質の高さを再確認できた公演でもありました。今回は踊りを披露するシーンこそなかったものの、台本のセリフを通じて場の雰囲気を作り出す能力の確かさを感じさせます。そして公演の最後に「久々に舞台に出てみたいな」と本音を漏らしたのもポイント。一発勝負の場で演者自身が楽しんでいることが伝わるこの発言は、いきなり本読み!というフォーマットの底力を示す一言だったと言えます。
上山竜治——「るいき」事件が証明した本番一発の緊張と、歌声に宿る稀有な実力の断片
「レ・ミゼラブル」のアンジョルラス役や「エリザベート」のルキーニ役など、数カ月に及ぶ稽古の末に作り上げる役が日常の上山竜治さんにとって、台本初見で演じるというこの企画は相当な精神的負荷だったようです。場面によっては自分の読むセリフの順番を飛ばしてしまうシーンもありましたが、これはネタではなく純粋な緊張の表れです。台本中の「類稀」という漢字を「るいき」と読んでしまうという、普段の舞台では絶対に起こりえないハプニングは会場に笑いをもたらしつつも、準備なしで来ているという緊張の質感をリアルに伝えるものでした。上山さん自身も公演後にSNSでこの緊張感について言及しており、出演者側のリアルな感情がそのまま記録に残っているのも本企画の面白さと言えます。
それでも要所では歌声の片鱗が垣間見えるシーンがあり、一色洋平さんとの2人芝居では互いの応酬が化学反応を生み出す場面もありました。準備された役作りではなく、素の実力がそのまま出てくるというこの企画の性質上、逆説的に「地の実力」の高さが際立ちます。歌・芝居ともにトップクラスの実力者が初見でここまでのパフォーマンスを見せるという事実は、観客にとって非常に希少な体験となっていました。
一色洋平——シャツを脱ぎ捨て客席を縦横無尽に歩き回りテーブルに乗り上げた2時間・完全没入のMVP
今公演において最も動き、最も感情を爆発させ、最もノリノリだったのは間違いなく一色洋平さんです。開演早々「暑い!」とシャツを脱ぎ捨て、鍛え上げられた肉体でそのまま本読みに突入するというオープニングで、既に会場の笑いを獲得しました。初見の台本・即興・ミュージカルという三重苦の条件のもとで、一色さんだけは制約を物ともしないエネルギーを発揮し続けました。
特筆すべきは歌唱シーンでの行動です。歌詞は舞台後方のスクリーンに表示されており、感情が高まるにつれ一色さんはおもむろに客席内を歩き始めました。歌詞を確認しようとスクリーンを見ながら歌うと、舞台後方=演者たちの方を向いて歌う格好になってしまいます。つまり客席内を歩き回りながら、歌詞を読もうとするたびに演者側へ向き直って熱唱するという、なんとも奇妙で笑える光景が生まれていました。本人は必死に歌詞を追っているだけなのに、完全に共演者への熱唱に見える——この初見本読みならではのハプニングが、会場に独特の笑いと熱気を同時に生み出していました。
そしてクライマックスシーンでは台本を持ったままテーブルの上に乗り上げるという展開に達し、ここに至っては会場全体が「これで本当に初見なのか」という驚きに包まれていました。早稲田演劇研究会仕込みの身体性と、鋼の錬金術師のエドワード役で培った「演じることを忘れるほど没入する」スタイルが、最高の形で発揮された2時間だったと言えます。
田村芽実——お母さん役の一曲が「ギャグ芝居の中の奇跡」として会場全体をうるっとさせた繊細な表現力

田村芽実さんの今公演における最大のハイライトは、お母さん役として歌ったシーンです。「ごっちん」という台本はコメディを基調とした作品ですが、このお母さん役のシーンでは曲が挿入され、田村さんはピアノの即興伴奏に乗せて歌いました。会場の空気が一瞬で変わりました。ギャグシーンの直後という流れのなか、鎌田さんが即座に生み出したメロディに乗せた田村さんの歌声は、繊細さと伸びやかさを兼ね備えたもので、気づけば田村さん本人の目もうるうるしており、他の出演者もその感情に引き込まれていました。
この現象はミュージカル女優が即興の音楽に即興で感情を乗せるという、通常の稽古プロセスでは決して再現できない一瞬の奇跡でした。アンジュルム卒業後にミュージカル界に転向し、「プリティ・ウーマン」のヴィヴィアン役や「マリー・キュリー」のアンヌ役などで積み上げてきた表現の蓄積が、台本初見・伴奏初見というゼロポイントから瞬時に立ち上がる様を目撃できたのは、この公演が与えてくれた最大の財産と言えます。スクリーンに映し出された歌詞を読みながらも、声には確かな物語が宿っている。それが田村芽実さんのスペックです。
鎌田雅人の即興演奏——同じシーンを再演する際に「別バージョン」を出してきた音楽家としての底力
今回の公演において出演者4名と同等以上の存在感を発揮したのが、音楽担当の鎌田雅人さんです。ピアノのみならずギターも使いながら、各シーンに対して的確な感情のバックボーンを即座に提供する演奏は、初見の台本・初見の場面に対してここまで合ったスコアリングができるものか、と驚かされるものでした。さらに林希さんの演出判断で「もう一度このシーンを、役を変えてやってみましょう」という展開になった際に、鎌田さんはただ同じ曲を繰り返すのではなく、まったく別のアレンジ・別のアプローチで再演を彩るという職人技を見せました。この「別バージョンを出してくる」という対応力は、単なる伴奏者を超えた「もう一人の演出家」としての貢献と言えるもので、今公演のクオリティを支える重要な柱となっていました。
林希の進行力——更年期SHOW GIRLの出演者からいきなり本読みの演出家へ、2時間ぴったりのタイムキープが示すベテランの真価
進行・演出を担った林希さんは、劇団スーパー・エキセントリック・シアター(S.E.T.)出身の俳優・ダンサーとして多くの舞台を経験してきた方です。直近では2025年11月、「更年期SHOW(症)ガール〜The Musical〜」(紹介)にシルビア・グラブさんらと共に出演者として舞台に立っていました。あの舞台では自らが演じる側として感情を作り出していた林希さんが、今回の「いきなり本読み! the Musical」では一転して進行・演出側として出演者4名を導く立場に回っていました。同じ「ミュージカル」というフォーマットを内側と外側の双方から体験してきたこの経験が、即興の現場での的確な演出指示に直結しているのは間違いありません。
今回の仕切りは「余裕のあるベテラン」という言葉がそのままあてはまるものでした。出演者が戸惑う瞬間にも慌てることなく演出指示を入れ、笑いを取りながら場のテンポを維持する能力は見事の一言です。そして特筆すべきは時間管理の精度で、公演は約2時間でほぼぴったりに終演しました。台本初見の出演者たちとのセッションで、このタイムキープを実現するのは相当な場数と経験の賜物であると言えます。
稽古なし・台本初見・2時間一発勝負で「劇が生まれる瞬間」を目撃できる唯一無二の実験的ミュージカル体験

「いきなり本読み! the Musical」2026年2月27日夜公演は、通常の演劇公演とは根本的に異なる価値軸を持つ体験でした。数カ月の稽古を経て完成した舞台を「観る」のが通常の観劇だとすれば、この公演は「劇が0から生まれる瞬間に立ち合う」というものです。屋良朝幸さんの稽古着エピソード、上山竜治さんの「るいき」事件、一色洋平さんのテーブル上り、そして田村芽実さんのお母さん役の一曲——これらはすべて準備された演出ではなく、その日その一瞬にしか存在しない反応の産物でした。
小劇場初体験の同行者が「こんなに笑ったのは初めて」と言ってくれたことが、この公演の質を端的に表していたかと。チケット価格はシートによって幅があり、特に「お前も本読み!」シートの27,500円は台本参加体験と最前列のプレミアムが合わさったものと考えれば納得の価格設定です。一般席の8,000〜14,000円は、この熱量と実力者の集結を考えれば十分にお得な観劇体験が実現します。
ただし、舞台初見の方には少々難易度が高い公演でもある印象。どちらかといえば、ある程度ミュージカルや演劇を観てきた人が楽しめる企画です。「役者はどんな準備をして舞台に立っているのか」「生の表現とはどういうことか」を知りたい方には、これ以上ない答えを提供してくれます。配信ではなく、ぜひ生で観ることをお勧め。次回以降の公演(花總まり出演予定の博多座回)も含め、このシリーズは今後も目が離せません。











